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2024/10/07 17:34
このお店で働き始めて、スタッフみんながこぞって使っていたカバン。
「もしかしてここではカバンは指定なのか、、、」と思ってしまったほどのカバン、、、。
それがバレンシアガのシティでした。
そんな愛されるシティ、そしてバレンシアガ。
今日はバレンシアガの歴史について話していこうと思います🤭
(あっ!ちなみにシティは指定ではなかったです🙅♀️笑)
バレンシアガの歴史は1917年、クリストバル・バレンシアガがスペインでオートクチュールハウスを立ち上げたことから始まります。
針子であった母親から婦人服の仕立てを学んでいたバレンシアガはなんと12歳の頃にはすでに洋裁師の見習いとして働き始めていたのです🪡
そのとき顧客となったカーサ・トーレス伯爵夫人の援助を受け、独立することとなりました。
最初に作ったスーツをリメイクした服で高い評判を受け、すぐにマドリード、バルセロナと新店舗をオープン。
スペイン国内で高い評価を受けていたバレンシアガですが、内戦の影響を受けパリへ渡ることとなります。
ここで初のパリコレクションを開いた事が転機となり、パリのエレガンスを体現する存在となりました。
40~50年代にかけてはウエストラインを持たない「バレルルック」やシンプリティを追求した「サックドレス」など体型を気にせず着られる服を作りました。
当時はウエストラインが絞られている服や体の乱がはっきり見えるような服が美しいとされていたため、大きな革命だったと言われています✨
ディオールかバレンシアガかと並べられるほど人気があったバレンシアガですが1972年に創業者であるクリストバル・バレンシアガが亡くなってしまいます。
全ての店舗を閉鎖することになり、ショックで寝込んでしまう人がいたほどインパクトがある出来事だったと言われています。
その後は彼の甥へとブランドが引き渡されますが、低迷する時代が続きます。そんな危機を救ったのがニコラ・ジェスキエール。
スタッフも世間の間でも大人気の「シティ」を手がけた人物です!
彼は26歳という非常に若い年齢でバレンシアガのデザイナーへと就任し、98年に発表したコレクションでは伝統的かつ革新的な「新生バレンシアガ」を誕生させ、バレンシアガを復活へと導きます。
現在はデナム・ヴァザリアがデザイナーを務め、従来のバレンシアガの魅力を活かしつつ「ラグジュアリーストリート」という新しいジャンルを開拓し続けています!
今回はシティの話から派生してバレンシアガについてお話しさせていただきました☺️